時間を共有するということ

◆暮らし・シンガポール
スポンサーリンク

会いたい人に、いつでも気軽には会えなくなった、コロナ禍の2020年のシンガポール。

同居家族以外に会えなかったサーキットブレーカー、5人まで集えるようになったPhase2の今

人と時間を共有できることの有り難さを、以前よりも強く感じるようになって

私に時間を作って会ってくれる友人たちとは

楽しい、美味しいと悦びあえる空間を共有できたり

ポジティブではない話題だとしても、良いエネルギーを共有できるような

そんな人で在りたいと、思っています。

そういう気持ちになれない時

良い関係を築けていない時は

お互いの時間を共有しないほうが良い時もあって…

そういう場合は、いつかまた同じ空間と時間を共有したいと思えるような関係になった時に、会えば良いのではないかと。

人と、お互いの大切な時間を共有するということは、当たり前ではなくて

大切な人の時間を頂くのだから。

人はそれぞれ生き方も立ち位置も違うし

夫も子供もいると、自分だけの悩みではないのが、この年頃の女性ではありますが

親しい人にほど思いやりを持ちたいし

一緒に食事して、笑って、良い時間を過ごすことは、当たり前ではないのだから。

久しぶりに行ったティオンバルのMerci Marcel。

同じ移住組のお二人と、美味しいブランチを食べながら、気持ちが落ち着いた、雨の朝。

こちらも

久しぶりに行った、サマセットのMarche。

心理学が専門のお友達とランチ。

彼女の言葉を聞くと、闇に光が射して、出口のドアが開くような…

いつも心の持ちようを正してくれるような

いつも有り難い時間を共有して頂いて

勢いよく食べて喋って、食事のキッシュは写真を撮る間もなく胃に収まり

ケーキセットまで堪能して、子供たちのお迎えに間に合うように帰りました。

いつもありがとう!


にほんブログ村 海外生活ブログ シンガポール情報へ
にほんブログ村
タイトルとURLをコピーしました