今回のサンダカン旅行の目的の1つ、4月25日に開催されたオーストラリア軍の慰霊祭 Anzac Dayに参列しました。

私は日本に住んでいた時には、第二次世界大戦中に東南アジアを占領していた日本軍が行ったことを知りませんでした。
シンガポールに移住し、今の仕事を始めてから、シンガポールや他アジアの国の人々は知っているけれど日本人は知らない歴史を知りました。
サンダカンの「死の行進」は1945年、北ボルネオに展開していた日本軍を西海岸アピへと集結させる移動命令に伴い、東海岸のサンダカン捕虜収容所に収容されていたオーストラリア・イギリス軍の捕虜が、260km離れた内陸のラナウへと移動することが命じられました。
この移動により、捕虜2434人のうち脱走した6人を除く2428人が餓死や病死、銃殺などによって死亡、殺害されました。日本兵もこの移動の過程で、半数近い約8500人が死亡しましたが、北ボルネオの民間人や地元住民にも被害が及び、オーストラリアの戦争史では最悪の悲劇、戦争犯罪とされています。

戦争で亡くなった人々を追悼する慰霊祭Anzac Dayは、オーストラリアでは建国記念日に次ぐ大きなイベントなのだそうです。
今回クアラルンプールからサンダカンに向かう飛行機も、ホテルも、オーストラリア人(ニュージーランド人)の方々でほぼ満席、満室だったのは、このAnzac Dayに参列する方々だったのだと知りました。
軍の方、慰霊祭を主催する方、War Memoroal Tour主催者と参加者。
サンダカンの海辺のホテル THE ELOPURAには、死の行進 SANDAKAN DEATH MARCH REMEMBRANCE WALLと名付けられた壁画もありました。

戦争の記憶をアートで残すというのも、外国ではよく見られる活動です。

Anzac Dayは夜明け前の朝5時から始まるので、参列申込の際にシャトルバスを予約し、朝4時に出発しました。
会場はサンダカン記念公園 Sandakan Memorial Park。今回は早朝のイベントだったため、まだ開館前でしたが、博物館もあるようです。

公園の入口から慰霊碑会場までは、夜明け前の暗い中を行列して歩きます。これは、ジャングルの暗闇を歩いた捕虜に気持ちを重ねる時間のように思いました。

夜明け前に始まった慰霊祭。

たくさんの人々のスピーチがあり、日が昇った頃にオーストラリア、ニュージーランド、マレーシアの国歌斉唱があり、最後に20名の遺族の皆さんの献花、参列者の献花で式典を終えました。

このような機会にサンダカンを訪れることができ、日本人として客観的に歴史を知ることができたような気がしています。
シンガポールでも、4月25日は朝6:30からクランジ戦争記念公園で慰霊祭が行われていました。
世界が戦争で揺れている今、自分でも改めて歴史を学び、子どもに伝えていく役割があるように思います。

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